井上雅宏
Inoue Masahiro
伊東豊雄建築設計事務所、タウン企画設計、現代建築研究所を経てフィールド・デザイン・アーキテクツ一級建築士事務所を設立
代表取締役 一級建築士
松宮景佑
Matsumiya Keisuke
スイス・イタリア大学大学院メンドリジオ建築アカデミー修了
NAP建築設計事務所を経て入社
辻堂南口の再生は、駅前に残された「都市の空白」をどう埋め直すかという問いから始まった。北口は特区指定された「湘南C-X」プロジェクトによる2011年のテラスモールの開業で広域集客を獲得した一方、辻堂海岸へ開く南口は通過点のままであった。すでに策定されていた都市計画マスタープランを読み解き、私たちは超高層棟と低層棟を1敷地内に建築しアクティビティを発生させ、駅直結の回遊デッキ、交差点に面する外周動線、地上と上空を編むブリッジによって、人と時間の滞留を生む“新しい玄関口”を構想した。歴史に伝わる「四つ辻のお堂」の記憶を現代に翻訳し、街の文脈と制度の更新を行い、南口の歩行者都市への転換に依存だプロジェクト。
大規模の案件でしたが、どのようなことが課題でしたか
5年前、辻堂駅南口駅前に2300㎡の大きな敷地があり、上層階は分譲マンション低層階は商業施設を計画するというスキームで、駅の南口を活性化させる依頼がありました。
第一に、分譲マンション事業として高層化の要望がありました。指定容積率を超過し得る複数手法の中から最善の制度設計を導くことを解く必要がありました。
第二には、北口の刷新に対して“通過点”にとどまっていた南口を、歩いて楽しめるにぎわいを生む都市へと転換することを求められていました。
上位計画に示された駅直結の回遊型デッキ構想をヒントに、私たちは2階レベルで建物外周を巡るアウターイン型の商業・歩行者動線を設定しました。地上のロータリーはバス・タクシー・一般車の動線として整理し、上空のデッキを人と自転車の専用レイヤーとする二層分節によって、衝突を避けつつ滞留を生み出す骨格を描きました【fig.1】。
また、超高層棟に加えて別棟の低層棟を併設するというアイデアによって。両棟をブリッジや階段で立体的につなぐことで、上下左右に回遊が連鎖し、ロータリー周辺の人の流れの見える化を意図しました【fig.2】。
北口は都市再生緊急整備地域(湘南C-X)により抜本的に更新され、2011年の巨大商業施設テラスモールのオープンにより集客で広域から若者が訪れる一方、南口は旧商店街が細く残り、辻堂海岸へ直結する側でありながら賑わいが途切れていました。駅・交差点・広場・デッキ・低層棟を面で結び、駅前から旧商店街方向、さらに海方向へ歩行者ネットワークを延伸する動線を作造りました。外周のデッキテラスや中央の通り抜け階段は、単なる避難動線ではなく“滞在の段差”として設計し、立ち止まる理由を街に散りばめました。
また、ロータリー上空の駅直結動線をどこにかけるかは、回遊動線を成立するために極めて需要なテーマでしたが、何案も作成し現実可能性を検証しながら協議を重ね、最終的に中央を横断する形で実現しました。
制度面・技術面では、どのように壁を乗り越えましたか
本計画では、適用可能な枠組みを多角的に比較検証し【fig.3】、敷地と都市の便益を最大化できるスキームを抽出しました。その上で、総合設計許可要綱の改訂を伴うプロセスを設計し、建築審査会での議論を経て、100mを可能とする要綱に改訂する流れとなりました【fig.4-8】。湘南エリアに横たわるこれまでの総合設計制度による60m規制の壁を越えるには、単に高さを主張するのではなく、駅直結デッキや公開空地、歩行者回遊性、圧迫感、風の抵抗へのアプローチなど、都市全体の利得を提示することが不可欠でした。私たちは混雑状況や歩行者通行量の将来推計、避難計画、立体交差による交通安全への寄与、影の影響評価と景観上の配慮まで資料化し、行政協議を重ねて合意形成を進めました。容積率を確保しつつ高層化するにはフットプリントを小さくすることが重要であり、結果として、駅前広場の確保、低層棟の公共性・回遊性の向上、駅前広場の余裕度、動線の安全性向上、歩行者デッキのネットワーク化を都市便益として位置づけることができました。
超高層棟はスリムな断面とし基壇のスケールを抑え、そこに、デッキ通路を設けることでひとのにぎわいを可視化することができました。さらに、昼夜・平日休日での使われ方を想定したピーク分散、周辺交差点の右左折挙動への影響分析、眺望・景観の確認など、審査上の論点に先回りして検証を積み重ねています。これらの蓄積が、単なる“高さの是非”ではなく、“都市全体の最適化”として合意を得る鍵になりました。企画段階で止まらず、基本設計・実施設計・監理まで一気通貫で担当できたのも、制度設計と都市設計を並走させたからです。構造・設備・サイン・交通計画まで横断して工程を調整し、審査・実務・施工の三位一体で計画の一貫性を担保したことも、スムーズな許認可と品質確保につながりました。
高層棟と低層棟を一体で設計した意義は何ですか
私たちは、駅前の再生に単独の箱モノだけでは不十分と考えました。複数の棟を1敷地につくることで行き来する人たちのアクティビティが可視化される、そこに辻堂駅前ロータリーの活性化のカギがあると考えました。私たちは、交差点に寄り添う低層棟を“現代のお堂”として位置づけ、四つ辻の記憶を空間化しました。
辻堂という名称の由来は、村の中⼼に鎌倉道と⼗字路があり、そこにお寺があったことからきています。元禄2年(1559 年)北条⽒康の⼩⽥原衆所領役所に「辻堂」の名前がすでに記録されているとおり、その寺は「四ツ辻のお堂」と呼ばれていました。そこから転じて辻堂という名前が⽣まれたとされています。【fig.9】
低層棟の角に階段やテラスを配し、周縁に視線の“かかり”をつくることで、偶発的な出会いや短時間の滞留を誘発。ブリッジで両棟をつなぎ、2階レベルの外周動線と駅直結デッキを面で接続することで、上下左右に回遊が循環する設計としています。【fig.10-11 】これにより、通過流は一度“ほぐれ”、小さな広場や屋外席に吸い寄せられ、駅前に居場所が散らばります。超高層棟は細身の断面とそれをめぐる基壇で圧迫感を抑え、足元の視環境の配慮を徹底。用途構成は、朝夕の駅利用、日中の回遊、夜間の帰宅動線の“時間割”に合わせて配置し、光・サイン・植栽のリズムで回遊の“つづき”を感じられるよう調整しました。結果として、ランドマーク性と生活の親密さが同居する、二重のアイデンティティを駅前にもたらしています。また、歩車分離の原則を徹底しつつ、自転車の導線はデッキで緩やかに交わらせ、速度差のストレスを低減。エントランスは駅前広場側と交差点側の二面性を持たせ、バリアフリー動線は屋内外で連続させています。災害時にはデッキとブリッジが迂回路として機能するよう避難計画を重ね、夜間は光の“にじみ”で心理的な可視性を確保。屋外席や小規模イベントに対応できる余白を随所に残し、地域の活動が自然と染み出す設えとしました。こうした足元の仕立てが、高層棟の象徴性と矛盾せず、むしろ相互に価値を高め合う関係をつくっています。制度・動線・空間の整合を細部まで突き合わせ、プロジェクト全体を一つの“回遊体験”として結実させることができました。
駅と海を結ぶ南口に、超高層棟と交差点に寄り添う低層棟を一体で設計し、デッキ・ブリッジ・外周テラスで回遊を編んだ――本計画は“通過”を“滞在”へと反転させる試みです。歴史の記憶を足元に、制度の更新を背骨に、都市の利得を最大化する枠組みを整えました。竣工後も、人影や光のにじみが駅前に新しいリズムを生み、南口全体の活力へと波及していくことを目指します。私たちは構想から監理まで一気通貫で臨み、都市の骨格と日常の手触りを両立させる設計の可能性を、ここに提示します。ここから生まれる小さな滞在の連なりが、辻堂の新しい日常をやさしく更新していくはずです。その変化を街とともに見守ります。